その四、楽園の国?
私は出発前から、二ヶ月後の演奏会で弾くシューマンの「謝肉祭」に関して、ヨーロッパの人の誰かに、背景を尋ねてみるつもりであった。
コルドバでの食事の後、問いかけてみると、パリに住んでいるドイツ人のアンドレアさんは、教会の聖歌隊に入っていてオルガンの演奏もするらしい。
帰りのバスの中でゆっくり聞いてみようと、座席にすわって出発時間を待っていたら、ドイツの二人組がまだ戻って来ないのに、運転手はバスを動かし始めたのだった。
戻ってないのが、たまたま私の待っている二人だったから気づく事ができたけれど、それまでは合理的と思えたシステムが、急に色あせてしまった。
まあ、運転手さんにはとても感謝されたけれど・・。
アンドレアさんは、「カーニヴァル(謝肉祭)」の由来から、コロンバインとパンタロンは必ず対になって現れる道化師だとか、ピエロとアラルカンの違い等、様々な題名の背景を説明してくれて、それはそれは楽しいものであった。
それらの名前は、アガサ・クリスティの「ハーリクィン」シリーズにも時折登場する。きっと、ヨーロッパの人々にとって、名前の響きを聞くとすぐ思い浮かぶ様な、特別の世界があるのだろう・・。
最終日は、主人も仕事が半日で終わったので、初めて一緒に街へ出かけてみた。
鼻かぜをひいたらしい私は、薬局でティシュペーパーを買ったのだが、お金を払う段になって英語の数字も全く通じない事を発見。昔覚えたポルトガル語から連想して支払いを済ませた。
スーパーに入って、チョコレート等を買ってみるのも、まるで冒険の様に楽しい。
お昼も大分過ぎた頃、ビールを立ち飲みしている人が見えたので、奥まで入ってみた。
勿論注文は、全て指さしである。
煮込んだお肉と手作りの野菜に、「クルスカンポ」。余りの美味しさと値段の安さに、迷う事なく次々とお代わりを頼む。
何をしゃべっているのか。まわりでグラスを傾けている人達は、のんびりと楽しそうに見える。
言葉の通じない夫婦者が入ってきたところで、さして関心を払う事もなく、ゆっくりと時を過ごしている。
若くて美しい女性に、でっぷり太ったおばさん達。毎日が楽しくて、食べ物がこんなに美味しかったら、太らない訳もなかろう、等と想像する。
毎日が楽しく過ごせるのだから、自分達の世界で充分、といった中華思想にまで思えてくる。
「外国語なんて、苦労して覚える事なんてないのさ・・」
フラメンコのお店もいくつか見つけたが、夜になって9時位に始まるらしい。
一度ホテルに戻ってから又出直す事にしたのだが、部屋に着くとやっと仕事の終わった主人は、まずは冷蔵庫からビールを取り出す。
暑さの下を歩いた後でもあるし、冷えたビールの美味しかった事!
まだフラメンコまでには時間もあるし、ちょっとベッドに横になってしまったのが、まあ言ってみれば運の尽きであった。
気がついたら、窓の外は白々と明けていて、私達は夕食も食べずに、朝までこんこんと眠り続けてしまったのだった。
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