ベートーヴェン

2007年12月 4日 (火)

ハイリゲンシュタット

先日HMVへ行った際、店内にベートーヴェンの「エグモント序曲」が流れていた。意図とは関わり無くベートーヴェンを偶然聴くと、何故かとても感動してしまう。

他のプロがお目当てで行った演奏会で、思いがけず「運命」等を聴いたりすると、他の曲がかすんでしまう事さえもある。

いつだったか、国際便の飛行機のイヤフォンで聴いた、ブレンドルのピアノ、サイモン・ラトル指揮ウィーンフィル演奏の、ベートーヴェンのピアノコンチェルト2番は、ちょっとしたショックですらあった。

5曲あるピアノコンチェルトの中では最もマイナーな曲で、私も余り馴染みが無かったのだが、あの楽しげでまるで音遊びの様なウィーンフィルには、すっかり参ってしまった。

サイモン・ラトルも名前しか知らない頃だったので、一体この指揮者はどんな人なのだ、いつかは生を聴かなくてはと、強く思い込んでしまった。

久々に、ウィーンフィルのコンサートを聴きに出かけた時のプログラムが、ラトル指揮でR・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」に、ブレンドルのピアノで、シューマンとモーツアルトのコンチェルト「ジュノム」だったのは、全くラッキーであった。

私がウィーン滞在中に必ず訪れるのは、ハイリゲンシュタット。「ベートーヴェンの散歩道」と名づけられた小川のほとりで半日過ごして、例の遺書を書いた家に足を向ける事もある。

だからと言って、簡単に霊感が得られるものではないし、能天気に暮らしてきた私には、遺書まで書いた芸術家の精神に、到底近寄れるものではない。

それでも、ベートーヴェンが感じたかもしれない、空気の感触や小川の流れそのものを、目の前に眺めるのは少なからず感動を覚える経験ではある。

先日、ベートーヴェンの「32の変奏曲」を、久々に弾いてみて、なぜかひどく感動した。彼の悲しさ寂しさが、ひたひたと伝わってくる様で、涙が出てきそうであった。ハイリゲンシュタットの風景とも重なって、あの中でベートーヴェンは、一人で強い意志をもって曲を書き上げていったのかと、ひどく現実的に彼の状況が思い浮かんでくる様であった。

ヨーロッパの街や村は、芸術家達がその土地で、息づき悩みそして成熟していった、一個の人間としての足跡が残る現実の場所なのだ、と時折ふと気づかされる。

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