マラトン
美しいミコノス島からアテネに戻る日、私達の乗ったタクシーの運転手さんは、さかんに携帯電話でなにやら連絡を取っていた。体格も人もよさそうなその人は、ちょうど学校帰りの中学生達が連なって歩いてくる一角に、車を止めた。
すると、一人の女の子が皆に「じゃあね・・」という風に手をふると、タクシーの前のドアを開けて普通に助手席に乗ってきたのだ。そして、運転手と親しげに話をしている・・。
事情が飲み込めるまでに時間がかかったけど、一応「あなたの娘さん?」と尋ねてみたら、英語の堪能そうな運転手さんは「ヤー」と肯定するのみである。
その後、助手席に人が乗っているタクシーを止めて新たに乗リ込む乗客、というのをアテネの街で何度か目にした。タクシーの助手席は、プライベート使用なのだろうか・・。
アテネで少し時間があったので、「地球の歩き方」というガイドブックを頼りに、マラトン行きのバス乗り場へ向かった。
本によれば、マラソンの故事の由来になった古戦場跡があるマラトン村の、側を通るバスが、1時間に1本出ているという事であった。
年に一回、フルマラソンに参加するのがここ十年くらいの趣味にしている同行の家族に付き合って、とにかくその路線バスに乗った。
乗る前運転手さんに、「マラトン?」と尋ねて、そこで降りる意思を伝えておいたお陰で、場所に着いたら教えてくれたまでは良かったが・・・。
降り立った場所は、道の両側に、それぞれの方向行きのバス亭のポールが立っているだけの、何もない原っぱであった。
運転手さんが、指差した方向へ歩き出してみたものの、人にも出会わず案内等探すべくもない。そのうち農家が一軒みえたが、私達を見て犬が吠え出したので、男のひとが姿を現した。
「マラトンへいきたいのだけど、こちらで良いだろうか・・?」と訊いてみたところ、言葉は通じなかったが、マラトンの言葉に頷きながら私達の歩く方向を指し示してくれた。
意を強くして暫く歩いていくと、公園が見えてきた。馬に乗った将軍の像もあって、事務所のような小さな建物が見えた。
中に居た若い女性が、公園の管理事務所で仕事をしているらしく、「マラソンの発祥の場所はここですか・・?」と尋ねると、「ここは戦勝記念公園です。アテネオリンピックの時のマラソン競技の始点は、ここからは大分先にあります。」という。
マラソンの故事の場所を見に来たのだ、と重ねて言うと、「ああ、戦争の勝利を報告する為にアテネまで走った故事ね・・・」
「今バスでアテネから来たのだけど、あの道を走ったのだろうか。それとも後に見える、小高い丘を超えて、アテネまで行ったのだろうか・・。」と更に聞いてみたら、
「確かに、あちらがアテネの方向だけど、2000年以上も昔の事ですものねえ・・・。誰にもわかりませんね・・・。」
「フー・ノウズ・・・」といってその若い女性は、笑いながら両手を広げて肩をすくめた。
私達に分かった事は、ギリシャの人達にとって、「マラトン」とは、ペルシャ戦争で相手の大軍を撃破して勝利に導いた、その記念の場所として有名なのだ、という事であった。
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