満月のナポリ
ナポリは掏りが多いし危ないから、できれば行かない方が良い、とソレントで出会った人々が口を揃えて言う。しかし、ソレントからの帰途、午前中まで仕事が残っていた主人の都合で、私達はナポリに一泊してそれからローマに戻る予定をたてていた。
電車を降りて駅前の道にでると、そこには確かに国際都市とも思えない、地面に商品を広げた様々な人種の出稼ぎ風の人々が、処狭しとひしめいて居た。
質素な身なりの夫婦連れには誰も注意を払わない、というのがナポリで得た教訓である。
地味な色合いのウィンドブレーカーを羽織って街へ出た私達は、魚市場で目の飛び出た珍しい魚を眺めたり、ナポリ大学をうろついてみたリ、仕事帰りらしい街の人に混じってフニクラに乗ったりしたが、誰も私達には目もくれない。
少し時間が遅かったが、ランチを取ろうと入ったレストランでは、当然のごとくワインが出てくる。一応、「大か、小か」、と聞かれたので、適当に身振りと共に「ピッコロ、ピッコロ」と言ってみたが、そこでの「小」とはハーフボトル!私は、すっかりナポリが気に入ってしまった。
危険だと言って、日本旅行客が行くのを避けている為だろうか。お店のおじさんは、美味しいピザを出してくれた上に、「日本から来たのかい?」と言って、殆どお昼休みに入っているらしい気配のお店で、石釜にピザを入れる様子を私にやらせてくれて、主人にシャッターチャンスを与えてくれた。
若い頃一度一人で訪れた事のある、ナポリの海岸沿いにある散歩道や、卵城にも行ってみた。当てもなく歩いていると、次第に日が暮れて来て、そこからは、方向的にヴェスヴィアス火山が、頂上に少し窪みのあるエム字型となって、その巨大な姿を見せていた。
そして、暫くするとその窪んだ場所の真ん中から、濃いオレンジ色の大きな満月が少しずつ顔を出してきたのであった。
泊まっていたホテルは、駅の直ぐ側だったので、半日歩き回って疲れ果てた私達は「ナポリ駅」と書いたトラムに乗って戻る事にした。運転手さんに、「ナポリ・ステーション?」などと身振りで確かめて安心した私は、調度よく空いた座席に腰を降ろした。
程なく私は、肩をそっとたたく主人にハッとなった。「次くらいが、駅だよ・・」
何と私は、危険で名高いナポリの路面電車で、ぐっすり眠りこけていたのだった。
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