リヒテルの偉大さを語るエピソードは色々聞くが、これは昔、恩師のD教授が話していらした、音楽祭での思い出話。
先生とリヒテルを交えて何人かで立ち話をしている処に、ドイツの巨匠、バックハウスの夫人がやって来た。
「主人は今晩、演奏会でピアノコンチェルトを弾くことになっているのですが、余り体の調子がよくないのです。若し快復しなかったら、リヒテルさん、替わってくださいますか?」
「良いですとも・・・」という返事を聞いて、安心して遠ざかる夫人の後姿を眺めながら、リヒテルが回りに尋ねた。「ところで、バックハウスは今晩、どのコンチェルトを弾く予定だったかな?」
私が、初めてリヒテルのレコードを聴いたのは、ラフマニノフのピアノコンチェルトの2番。繰り返し聴いていたのは、中学生の頃だった。
すっかり古ぼけたレコードはいつの頃か所在不明になったが、最近同じ録音のCDを見つけたので、懐かしくなって買ってきた。数十年ぶりに聴いた彼の演奏だったが、細かいニュアンスやテンポの揺れ等、意外によく覚えていて我れながらびっくりした。子供の頃の記憶力の底の深さであろう。
あの、スケールの大きい世界観は、ロシアのピアニストだからなのか。感情におぼれる事はないのだが、スラブ気質のおおらかな歌心に私はのめり込んだものだった。
大学生だった頃、「幻のピアニスト」と言われた彼が初めて来日した。飛行機が嫌いとかで、船と鉄道でやってきた。
私も、日比谷公会堂のリサイタルには出かけたのだが、残念ながらその時の記憶はすっぽりと抜け落ちている。
その少し後に、私はウィーンに留学したが、そこでバッハの平均率第2巻を全曲演奏した彼のリサイタルを聴いた。
その後、色々な人の全曲演奏を聴いたけれど、私はリヒテルの演奏が最初の経験だった。
ピアノの世界でバッハの平均率といえば、ベートーヴェンの32曲のピアノソナタを、「新約聖書」に例える時、一方の「旧約聖書」の例として必ず挙げられる、必携の曲集である。
ピアノ学習者にとって、「難解な教則本」としての役割も担う、これら24曲の「前奏曲とフーガ」が、リヒテルの演奏では、まるで教会音楽の様に、神聖で壮大、かつ極めて美しい響きとなって聴こえてきた感動は忘れられない。
平均率に対する視線が、根本から変化してしまった、と言えば良いのだろうか。だから理解した、という単純な事では無いのだが、「難解な教則本」から、魅力を解き明かしていきたいという曲集に存在が変わった事は確かであった。
リヒテルの演奏で好きな演奏を思い浮かべようと思っても、レパートリーの広い彼の事だし、これは、と思って買い求めたものが殆どだから、私の持っているCDを数えあげる事になってしまいそうだ。
その理由の一つに、彼の音色が挙げられる。聴き始めると、まずその音色に惹き込まれてしまうのだ。ふくよかで、粒の大きな、充実した響き。そして、しっかりと大地に根を下ろした様な、ゆったりとしたテンポ感。
ウィーンに住んでいた頃、町の中心街にあるアパートに引越しをした事があった。運送屋さんが来る前日、お掃除がてら小さな品々を自分で運んだ、その帰り途のこと。
すっかり夜も更けてしまったけれど、治安の良いウィーンの街の商店街に沿って、ショーウィンドウの中の灯りが並ぶ、旧市街の静かな道を歩いていると、前方に、大きな体格の男性がゆったりと歩いている姿が目に入った。
ちらっと振り向いた横顔は、どう見てもリヒテルである。私は、彼の歩調に合わせて、ゆっくりとその後から歩いてみる事にした。
暫く行くと、赤信号で立ち止まった彼に追いついてしまい、並んで信号を待つ羽目になってしまった。二度と無いチャンスだ、と若かった私は自分に言い聞かせた。
「失礼ですけれど。ピアニストの方ではありませんか?」
「はい、そうです。」大きな体を、私のほうにかがみこむ様にして、ゆっくりと答えてくれた。
「リヒテルさん、ですか?」[そうです。・・・?」
「最近ここで、演奏会をするご予定はありますか?」「いいえ、ありませんが・・・?」
穏やかに、そしてちょっと怪訝そうに相手をしてくれる、その優しそうな様子を見て、私は、一人でゆっくり散歩を楽しんでいるらしい彼の邪魔をするのは、諦めようと思った。
それに、どんな言葉を続ければ良いかもわからなかったし・・。気難しい事で有名だったリヒテルである。
「いえ、ちょっとお伺いしたかっただけです・・・。どうも有難うございました。」
最後に握手をした。暖かくて、大きな大きな手であった。
最近のコメント