ドビュッシー

2007年5月22日 (火)

フランソワ

大学生の頃に聴いた来日ピアニストの演奏会の中で、サンソン・フランソワのリサイタルは、特に強烈な印象が残っている。多分、3回か4回は演奏会へ出かけて行った様に思う。

その頃卒業試験に向けて勉強中だった、ラヴェルの「夜のギャスパール」を、初めて生で聴いた演奏会もあったし、ドビュッシーの「ピアノのために」や「ベルガマスク組曲」などの夕べもあった。

そして、ショパンの3番のソナタを弾いた日比谷公会堂での追加演奏会。あの忘れがたい独特の雰囲気・・・。

あの夜は、聴衆が本当に興奮してしまい、アンコールが何曲か演奏されても拍手がが鳴り止まず、次第に人々の気持ちが一体となってきて、まるで手拍子の様にリズムが揃ってしまったのだ。ああいった拍手を体験したのは、あの時が初めてだった。

たしか、その時フランソワは、アンコールにドビュッシーの「パスピエ」を弾いた。この曲は、他のリサイタルでもアンコールに演奏していたが、それは素晴らしい演奏だった。

これは、「ベルガマスク組曲」の最後の一曲で、その前の「月の光」が余りに有名な為、やや影に隠れた扱いを受けている。しかしフランソワの演奏は、只弾きにくくて地味だった筈のこの曲を、ちょっと癖があって味わい深い曲へと、すっかり印象を変えてしまったのだ。

今となっては細かい点まで覚えてはいないのだが、数年前に学生にこの曲をレッスンしながら、フランソワの演奏を思い出していると、突然「パスピエ」がドラマの様に見えてきた。

左手の単純に見えるリズムは、素朴な踊りのステップに聴こえ、右手のメロディーはおばあさんの昔がたりだ。

「昔々、若い娘がいました・・。その子が、何でもやりたがるもんで、回りに煙たがられてしまって・・。ちょっと反省しては、ほら、ここで寂しい気持ちになるんだけど、又すぐ元気を取り戻しては、でしゃばり始めてしまいましたとさ・・・」等と、学生さん相手に勝手に場面を作りだして、二人で笑い出してしまった。

子供達を相手に、色々な場所で公開レッスンをした事があるけれど、大抵の子供達は間違えない様にとても緊張して弾く。そんな時も私は、何とか子供をリラックスさせたいなと思って、曲をドラマ仕立てにしてみる事が多い。

弾いている子供を主人公にして、その場で教えて貰った兄弟とかお友達の名前も登場させたりしながら、不遜ながらショパンのワルツ等を、即席のお姫様劇などにでっちあげる。

即席の、というのがポイントで、前もって作ったりすると、気恥ずかしくてとても人様の前でご披露できない。でも、子供達は自分が登場したりすると、それなりに乗ってくるらしく、楽しげに、或いは寂しげに表現し始めるのだ。

音楽の天才たちは、自分を表現する手段として、メロディーや和音を素材に作品を作り上げていくのだから、つまりそれらは彼らの言葉という訳だ。

その音楽語は、全て日本語の単語に置き替えられはしないけれど、問いかけたり、脅かしたり、なだめたり、諦めたり、嫌やっぱりもう一度と挑戦したり、楽譜を眺めていると、作曲者の言葉が感情として伝わってくる。

そして、翻訳の仕方によっては原作の雰囲気が全く異なったり、同じせりふでも役者さんの表現によって登場人物の性格が変わってきたりする様に、演奏者の受け取り方によって、音楽語にも様々な解釈が生まれてくるのだ。

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