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2008年5月13日 (火)

昨年のブログに関連して。

音源をアップする事が出来る様になった記念に、昨年書いたブログに関連する曲を、アンコールで弾いた演奏で、貼り付けてみます。

バッハ作曲・平均律第1番プレリュード

「父」

二週間程前、私はピアノリサイタルでバッハのパルティータを弾いた。シューマンの「謝肉祭」ショパンの「24のプレリュード」と続けて、アンコールにはバッハの平均率1番のプレリュードを弾いた。

グノーが、旋律をつけて「アヴェ・マリア」を作曲した、有名な曲である。演奏会の数日前に、この曲を弾く事にした時、私は教会のイメージで弾ければ、と思った。

まず思い浮かんだのは、数年前に訪れたポルトガルの漁村ナザレ。ケーブルカーで上って行った、奇跡があったと伝えられる、丘の上に建つ人里離れた教会。

そして、次に思い浮かんだのは、30年前に北イタリアのボルツァーノで開催された、ブゾーニ・国際コンlクールに私が参加している最中、東京の留守宅で父が急逝した、その時の情景だった。

あの時私は、長い間川岸のベンチにすわって、道行く人々を眺めていた。そして、私の中で父を忘れ去らない限り、私の中の父は生き続けているのだ、と自分自身に言い聞かせていた。

人生に別れはつきものなのだ。還暦を目の前にして逝った父とは、早すぎる別れではあるけれど、遅かれ早かれ別れとは、やってくるものなのだ・・。

バッハのプレリュードをを弾きながら、私は、一体父は今何処に居るのだろう、という理不尽な思いに捉えられた。

昨年リサイタルした時は、数ヶ月前に亡くなった親しい従妹の思いがずーっとあって、アンコールのショパンのノクターンは、彼女と会話している気持ちで弾いたのだった。

あの頃は、練習している時いつも、ピアノの側には彼女が居てくれる気分であった。

バッハを弾きながら、私は今まで父を悼んだ事があったのだろうか、とハタと思い巡らせた。異国でコンクールの最中に訃報聞いた時、私はあえて悲しみを直視せずに、周りの人々に迷惑をかけたりせず、取り乱したりせずに、とそのことに全勢力を傾けた様な気がする。

「実感がわかない、というのは残された者には、慰めにもなり救いである」という言葉にも甘えていた様に思う。

そして、それからずっと、現実を直視せず父の不在にもいつしか慣れて、今日まで来てしまった事に、今、突然気づいたのであった。

今回のバッハは、私が初めて亡き父に語りかけた悲しみの言葉だった様に思う。

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