娘が、ゴールデンウィークと共に東京からやってきた。
名古屋は、娘にとって故郷ではないのだが、やはり実家のある場所へは、「帰る」という気分になるらしい。
娘が加わって、お休みらしい気分が、一挙に我が家を占拠した。
娘が高校生の頃から、お休みが始まると、連れ立って映画を見に行くというのが、楽しみの一つになっている。
今回は、私が東京での仕事を終えて後、娘と待ち合わせて戻ってきたのだが、新幹線まで数時間暇があったので、まず池袋で「つぐない」を、これは一人で見た。
見終わっての感想として、「つぐない」という題名の邦訳には、強い違和感を覚えた。
オリジナルの”Atonement"という単語を知っていた訳ではないけれど、余りにも救いの無いあの結末を考えると、「贖罪」とすべきであったろうと思う。
前半の舞台は美しい英国の館や庭園で、きらびやかなヒロイン達の貴族的な生活が芸術的な音響効果で描かれていて素晴らしかったし。
後の、全ての不幸の原因となった「嘘」を証言する、多感な少女の演技も素晴らしかったけれど。
名古屋では、娘と一緒に「ジェーン・オースティンの読書会」を見た。
これは、楽しかった。こんな読書会があったら、参加してみたい気分である。
以前東京に住んでいた頃、数人の友人達と「ヒコーカイ・クラブ」というのを結成していたのを、懐かしく思い出した。
これは、同じ曲を弾き比べる訳ではないけれど、毎回必ず何か一曲は演奏するという取り決めの、勉強会であった。
月に一回位のペースで、スタインウェイやヤマハのスタジオを借りて集まったものだった。
年間通して、大曲を少しずつ仕上げていく人も居たし、本番前のリハーサルとして弾く人も居た。
仲間同士の気安さで、お互いに言いたい事を批評しあって、終わってからは美味しいものを食べて解散した、あの会はなかなか貴重な存在であった。
アメリカに住んでいた頃にも、「ピアノ」というクラブに参加していた。
それは、婦人会の中にあったクラブのひとつで、やはり月に一度集まっては、お茶を飲みながら暫くおしゃべりした後、何人かの人がピアノを弾くという、楽しいグループだった。
各会員が持ち回りで自宅を開放していたのは、映画の内容と似ている。
これは小さな街で大きな家に住む、アメリカの社会だからこそ成立したのだろう。
現在もこんな風に、又どこかで勉強会に参加できないものかと、アンテナをはってはいるのだけれど・・・。
いざ、探そうと思うと実に難しい。
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