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2008年4月30日 (水)

還暦の道楽

数日前に、「youtube]というサイトを教えて貰って、すぐにはまってしまった。

システムはイマイチ分からないのだが、とりあえずアクセスした先が、実に素晴らしかったのだ。

リヒテルの演奏した、プロコフィエフの7番のソナタのCDを、暫く前から探していたのだが、試しにここでアクセスしてみたところ・・。

リヒテルの演奏こそ音源だけだったが、7番のソナタ繋がりで、アルゲリッチの演奏、ベレゾフスキー、ソコロフ、その他アジア系の少年や少女の演奏などが、次々と映像付きで現れたのには、文字通り仰天してしまった。

そこから更に、ホロヴィッツやアルゲリッチの、時にピアノを弾きながらのインタビューや、若かった日々の演奏の映像。

次々と、こんなに数多くのピアニスト達の手の様子を眺めたのは、初体験であった。

一番インパクトが大きかったのは、ピアニスト達の手の大きさ!

羨ましいを通り越して、まるで別世界を眺めている気分であった・・・。

ソコロフが、16歳でチャイコフスキー・コンクールに優勝して話題になったのを、よく憶えている。確か、私と同じ年齢だったと思う。

この人の三楽章の映像は、まさに衝撃的であった。

まず、すっかり年齢を重ねた姿には、同じ人とは思えない変貌があって、自分の年齢も考えさせられたし・・。

そして、あの揺らぎの無い連打和音の壮絶感。

きっとあの曲を、ソコロフは人生で、何百回いや何千回という回数、舞台で重ねて弾いてきたのではないかしら。

天才が、「継続は力なり」という言葉を、ここまで高みに引き上げてしまった、その事に対する衝撃、であったのかもしれない。

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2008年4月15日 (火)

美術館

若い友人が教えてくれた青山ユニマット美術館へ行った。印象派画家たちの企画展もあったし、シャガールの常設展があるというのも魅力的だった。

この美術館は、余り周知されていないのかもしれない・・。人々も適度にまばらだったし、広すぎない静かな空間が、ゆっくり絵を眺める環境をかもし出していた。

私は今回、藤田嗣治のバラをさした花瓶の絵と、デュフィの婦人像が印象に残った。

藤田嗣治のこの絵は、以前箱根の美術館で見た気がする。気に入って絵葉書を数枚購入したので記憶に残っている。

改めて眺めると、花瓶の質感の様なものが見る者に迫ってくる。陶器のちょっとしたざらつきとか、重さとかが感じられてくるのだ。

デュフィは、音楽家の絵をたくさん描いているらしく、「モーツアルト」は友人の「バルトークに見えた」という表現を思い出して、納得した。

その手前に飾られていた、婦人像。題名は憶えていないのだが、ずっしりとした中年のその婦人のたたずまいが、何ともいえないリアリティーを持って語りかけてきた。

その婦人が送っている生活や思いが、想像できる様な座り方とちょっと不機嫌そうな表情。背景は「明るい青」只一色。デュフィの壮年期の作品だと思われる。

個人的には、それぞれの画家達の作品を年代順に並べてあればより楽しめたかな、と思う。何度も、製作年月を確認するために、沢山の絵の前を行きつ戻りつしてしまったから・・。

キースリングは、今までにも色々な場所で目にはしていたが、今回初めてポーランド出身の画家である事を知った。いざそういう目で、1945年作の若い女性の像を眺めると、その女性の寂しげな表情の前から、私は離れられなくなってしまった。

あの表情は、第二次世界大戦をめぐるヨーロッパの歴史と文化を背負っているかのようで、暫くの間、様々な思いが私の前を通り過ぎて行ったのだった・・。

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2008年4月 9日 (水)

ブーゲンビリヤ

ブーゲンビリヤの鉢を贈ってくれた人が居た。あの赤紫が一番好きな色、と何かで私が言っていたのを、覚えていてくれたのだ。

丁度今のマンションに越したばかりの頃で、真新しい簡素なヴェランダにとてもよく映えた。それが、三年前の春。

私は、ヴェランダ中をこの色で埋め尽くしたい位に気に入ってしまったのだが、毎週上京して留守がちな我が家としては、二鉢お花屋さんから買い求めて来て、仲間に入れた程度で満足して、何度かの盛衰を楽しんだ。

お花に関して無知な私も、ブーゲンビリヤには何となく執着してせっせと水遣りに励んだのだが、やはりヴェランダでの冬越えは難しい様であった・・。

ブーゲンビリヤをプレゼントされた秋、私はギリシャのミコノス島を訪れた。

エーゲ海に浮かぶこの島には、白亜の家々が立ち並び、道端には様々な色の花をつけたブーゲンビリアの木々が溢れていて、まるで絵本の世界の様であった。

何年か前に旅行したポルトガルにも、この木が家々の白壁を彩どっていた事を思い起こすと、どうやらこの木は地中海あたりの乾燥した地の植物であるらしい。

あれから、春になると毎年新しく買い求める我が家の鉢達も、私が仕事で不在の日が続いて帰宅すると、思いのほかたくさんの蕾を大きく膨らませていたりする・・。

二年前の秋、主人と1週間程海外に出かけて帰宅した時等、ヴェランダの一角があの赤紫色で占められていて、感動した。

昨年ヴァージョンの三鉢は、最初から少し大きめの鉢に植え替えた為か、枝がどんどん成長して花の数は余り多くは無かったが、葉っぱはいつまでも残っていて、とうとう暖かかったこの冬を乗り越えたのだ。

まるで、昔読んだO・ヘンリーの「最後の一葉」の様に、主人と残り少なくなった葉っぱの行方を、毎朝眺めていたのだが。

ある日、葉っぱの数がどうも減った様だな、と思ってみていたら、普段は植木鉢には手を出さない主人が、ちょっと出来心で水を注いだらしい。

ブーゲンビリヤは、乾燥した土地の木だから水は嫌いなのだろう、と私達はそれから暫くそっとしていたのだが・・。

昨日の朝、「芽が出てきたよ・・。」という主人の一声!

眼鏡をかけてヴェランダに出てみると、1.5メートル位に伸びた数本の枝の節々に、緑とも茶ともつかない彩りの、小さな葉っぱ達が沢山息づいていたのだった。

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2008年4月 8日 (火)

桜に埋まる・・。

今年ほど、お花見に恵まれた年は無かったと思う。

何故か、今年は満開が名古屋より東京のほうが早かった。

3月29日の誕生日に合わせて娘の住む中目黒に行くと、駅は何事が起きたのかと思うほどの人でごったがえしていた。

近くの目黒川沿いが、桜の名所なのだった。夕食に出かける途中に通りがかったのだが、川べりのしだれ桜は確かに風情があった。

4月に入ってからは名古屋が満開だというので、昨年に引き続き、有名な山崎川沿いを二時間位歩いた。さすがにこの日は疲れたけれど、充実感は味わった。

4月4日は勤務している東京の音大の初日だった為上京。名古屋から東京まで、新幹線沿線は、あらゆる処がピンク色に染まっていた。

この週末はお天気がよかったので、平和公園の山道を歩いてきた。広大な敷地内には公営の墓地もあるし、近くには東山動植物園もあって、もちろん一帯は桜で染まっていた。

最近は、自然の中を散歩したり山歩きをしている、私達と同年輩から少し上の人々をたくさん見かける。

昨年は、「2007年問題」、とまで言われた我々団塊の世代が退職を迎えた年である。

スニーカー・ミドルと揶揄されるくらい、気持ちの若い我々世代が、いよいよ余暇を得たとなれば、家にじっとしている訳は無い。

外で、何をするか・・。

桜に、圧倒されている様じゃなあ・・・。

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2008年4月 1日 (火)

マ・メール・ロワ

先日原宿で、友人の、ピアノデュオのコンサートがあった。

モーツアルトのソナタから始まって、シューベルトの「人生の嵐」と続き、最後がラヴェルの「マ・メール・ロワ」

還暦を迎えた二人の演奏会は、会場全体が 落ち着いた上品さに包まれて、幕間にもてなされたワインと共に、文化の香りのする、文字通りの「サロンコンサート」であった。

個人的には、シューベルトが一番印象深かった。

最晩年に作曲されたこの曲を、「還暦記念」まで大切にしてきたという、お話の通り、お二人の積み重ねてきた人生が窺われる素晴らしい内容の演奏だった。

一方、ピアノの連弾曲としてみれば、私は「マ・メール・ロワ」を凌ぐ曲を知らない。

作曲家自身が編曲したオーケストラ・ヴァージョンも華麗で色彩豊かで素晴らしいけれど、やはりオリジナルの、素朴な音の中に描かれる、お伽の国の世界は「ラヴェルの天才に脱帽!」である。

最近、若い友人と戯れに時々弾いて楽しんでいるのだが、ピアノだけで、こんなにも様々な音色が湧き出てくるものなのか、合わせているといつも感動してしまう。

一人で、自分のパートを弾いている時には想像もつかない、1+1だった筈が、星空の天文学的数字と化してしまう、妙なる驚き・・。

第一曲目:「眠りの森の美女のパヴァーヌ」。

ちょっと悲しげに、静かな森が囁きかけてくると、遠くから美女の優しい声が聞える。

第二曲目:「おやゆび小僧」。

さわさわと森の木々が揺れる中を、おやゆび小僧が寂しくとぼとぼと歩いていく。静かな森は、小鳥たちの鳴く声だけが聞えて、寂しさをつのらせるし、帰りの目印に落としたパンくずは、小鳥たちについばまれてしまう始末だ。

第三曲目:「パゴダの女王レドロネット」。

パゴダとは、マイセン陶器の東洋風人形をさすらしい・・。この曲は、西洋人から見た東洋の世界であるが、私たちが聴いてもやはり異国情緒が感じられて、これは逆輸入の異国感覚かも知れない。

陶器の人形たちが踊りだす情景が思い浮かべられる、透明でカチャカチャした音形が、何とも優雅で可愛らしい。

第四曲目:「美女と野獣の対話」

淡々とした童話的なワルツの始まりからは想像もつかない結末。魔法にかけられた野獣が、謎に包まれた不気味な魅力を発揮しながら、美女の信頼と愛を勝ち得ていく、その流れの前衛的な響き!

第五曲目:「妖精の国」

長い序曲は、妖精の国への長い道のりの様にも感じられる。そして待った甲斐があった、と思わせる様なキラキラ輝く旋律は、オーケストラ版ではヴァイオリンのソロで、この上なく美しい世界をたっぷり聴かせる。

一方ピアノオリジナルでは、アルペジオで上っていく高音の連なりで、クリスタルの様な響きをちりばめていく。

この、二つの楽器の音色の違いを、心憎いばかりに際立たせている「ラヴェルの天才に脱帽!」である。

最後は、高音のグリッサンドが上下して、妖精たちが魔法の粉を振りまきながら、あたりを七色いっぱいに染め上げて曲は終わる。

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