「一力」の大福餅
北大のキャンパスの端あたりから、私は昔の路面電車が通っていた公道に出て、周りを眺めながら歩く事にした。
ある時、弟と二人で自転車に乗ってその辺をぶらぶらしていたら、百円札が6枚ぱらぱらと道端に落ちているのを見つけた事があった。二人で北署と呼ぶ交番に持っていった。
お回りさんは、小さな子供たちがお金を届けに来たのに驚いた様子だったが、三ヶ月だったか半年だったかは忘れたけれど、「ある期間待っても、落とし主が現れなかったら、そのお金は届けた人のものになるのだよ」と教えてくれて、私たちは嬉々として住所を伝えて帰ってきた。
そして、小さな子供達には大金に思えたそのお札が、いよいよ自分達のものになるのだ、という知らせの郵便がやって来て、母に連れられて受け取りに行った様な覚えがある。
記憶によれば、北20条あたりにその北署はあったのではないかしら・・。
そして、当時の我が家から最寄の停留所だった「北24条」にたどり着く。ここから市電に乗って、週一度ピアノのレッスンに通ったのだし、中学生になってからは、毎日電車通学をした、私のいわば拠点である。
確かオリオン座という映画館があったなあ・・・。突然記憶が蘇る。町並みは変わってしまって、映画館は見つからなかったが、線路の東側には記憶どおりにお薬屋さんがあった。
西側の角は市場だった筈、と思い出した瞬間小さなスーパーが目に入る。あの頃、母の日というと、弟と競う様に母の喜びそうなプレゼントを用意したものだった。
ある時、それぞれが自転車に乗って買い物にでかけ、母の好きな大福餅を買いに行くと、そこで同じ事を考えていた弟に、ばったり出くわした事があった。
場所は覚えていた。和菓子屋はすぐにみつかって、そこで「一力」という看板を見た時は、力が抜けそうになった。中に入ると、おしゃれな店作りに変わってはいたが、ガラスケースの端っこには、控えめに大福餅が並んでいた。
私は、一個だけ買い求め、近くの公園で懐かしい感触を味わった。
卒業した柏陽小学校の前を通り過ぎ、いよいよ、と思った場所には、何と巨大な駐車場と大きな量販店が・・・。ここでは、中まで入って見る気は起きなかった。
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